2018.12.11
現場のうごき
今年の1月から始まった発掘調査が、現場での調査作業を終了しました。
今後は出土した遺物や遺構(いこう)の記録等を整理する作業に入ります。最終的には発掘調査の成果を報告書として取りまとめ、図書館や博物館などで保存、公開しますので、興味のある方はぜひご覧ください。
(仮称)市民交流センターの予定地は、中世にあったとされる二階堂氏の居城、須賀川城跡の一部にあたります。今回、整備予定地の一部、約1,300㎡を平成27年1月から6月にかけて発掘調査を実施しました。
調査の結果、中世須賀川城跡の堀跡や近世の町場の一部などを確認し、中・近世のかわらけ(素焼きの皿)や陶磁器類、木製品などが多く出土しました。
江戸時代に戦国時代の須賀川城の範囲を示したとされる「須賀川城下町絵図」がありますが(二階堂神社前に掲示されています。)それを参考にすると今回の調査範囲は本丸と二の丸の間にあたると考えられます。
調査で特筆されるのは、埋もれていた中世須賀川城跡の堀跡を発見したことと、戦国時代に火災にあった痕跡を確認できたことです。
堀跡は時代によって規模が異なりますが、戦国時代の堀跡は幅10m、深さ4m以上と広大でした。この堀跡は江戸時代初頭に埋め立てられており、この埋め立てた土の下から炭化米や焼土、戦国時代の遺物などが発見されました。これが天正17(1589)年に伊達政宗が須賀川城に侵攻してきた戦いの際のものと考えられます。戦国時代に火災にあった事実は、これまで文献等で確認されていましたが、これを実際に証明する発見となりました。
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